高く評価されているわけ

ノエイン もうひとりの君へから見る、並行世界について知る

並行世界ともう1つ出てくるキーワードとして

ノエインという作品が評価されている訳、それにはまだある。SFの醍醐味である並行世界についてもそうだが、それと平行して『量子力学』についても触れている。主人公として描かれるハルカの父は作中において、有名な量子力学に通じた研究者としても描かれているなど、並行世界という概念と同様に重要なテーマだ。

量子力学とまた難読な言葉が登場してきたが、これがどのように作品と関わっているかという点について話をしていくと、ノエインの世界でも言われている『不確定な未来』と『量子力学』との関係が描かれているのです。ここもかなり難しい話になっていくので、出来るだけ簡潔にまとめていこう。

『不確定な未来』と『量子力学』

量子力学と古典力学

量子力学を知るためには、まず『古典力学』についてもある程度知識を持っておかないといけない。古典力学とは、物体の運動は常に一定の位置と速度となっていると仮定するなら、その後の計測される運動の法則は全て同一と考えられるのです。これは即ち、運動エネルギーが変わること無く動き続けるのなら『未来は既に決められている』と言えてしまうのだ。地球の自転にしても、何かしらの物品が壊れた時にどのように壊れるかも、全てが古典力学において説明できてしまうと考えられている。

現在進行形で行っている行動に対しても、位置と速度は変更すること無く持続されていけばその先に待っている未来は確定されたものだと言えてしまうわけだ。だがそれで納得できるほど人間は合理的な生き物ではない、あくまで自分の意思という精神で思考し、行動し、自分の未来は自分で決断していこうとする考え方を持っている。古典力学ではそのような精神論は一切登場しない、ただ無機物にあるがままの運動量を観測していれば常に規則正しく動くメトロノームのように動き続けるだけと固定している。

古典力学にはない、人間の自由意思を明確にしているのも量子力学の中で取り上げることが出来て、それらはノエインの世界で重要になっている並行世界における可能性を、テーマとして一貫している支柱にもなっているのです。

一貫としたテーマ性

ノエインの作品で未来は常に不確定であり、どんな未来を選択するかは自分の選択により決められるとしている。希望するなら自分が望む結果を作り出すことも出来る、それをこの作品では重要なテーマとしているのです。

例えばユウに置き換えてみると、現代のユウがあらゆる分岐によって開けていった先の自分が、カラスであり、ノエインとしての彼となっていく。分かりやすいのはノエインの方だろう、彼は17歳の頃にハルカを含めた友人たちと旅行をしている際、自動車事故に巻き込まれて自身は助かったもののハルカを含めた友人が眼の前で死亡するという悲劇に巻き込まれてしまう。この時、彼はたまたま助手席に乗車しており、事故発生時には車から投げ出されて奇跡的に重症を負いながらも自分だけ助かってしまうという可能性に恵まれてしまう。

しかしそれをユウ本人が望んだわけではない、彼は自分の大切な存在だったハルカを助けられなかったこと、無限に広がる可能性という可能性の中から、自分だけが助かる未来が生まれたことを呪った。そんな結末を望んでいなかったために、彼は全ての可能性を壊そうと破壊衝動に駆られてしまいます。あの時こうしていれば良かった、自分ではなくハルカが助手席にいれば助かったかもしれない、そう思っても後の祭りだ。自由意思による選択、それによって彼女が死にゆく姿と自分だけが助かってしまった事実、後藤ユウという少年が明確に全てを憎むようになっていってしまいます。

選択という分岐

ですがそれでもノエインとなるまでにユウはあらゆる選択を選んだ上で、悪として成り立ったと言えるだろう。そこまでに何があったのかは不明だが、全てを憎まないで助かったからこそハルカを始めとした亡き友人たちが歩めなかった人生を、もっと充実させようとすることも出来たはずだ。言ってしまえば、ノエインという存在はユウ本人が望んでなった姿とも言えるのです。これもまた自由意思による選択により、あらゆる可能性の中から『決められた未来』が待っていたと仮定できるはずだ。

こうして考えてみると放送から10年以上経った今だからこそ、改めて考察するには面白い考えが出てくる作品でしょう。それもこれも、量子力学と並行世界を始めとした、物理学を丁寧に表現しているからこそだ。