作りこみが半端ない

ノエイン もうひとりの君へから見る、並行世界について知る

時空についての概念

ノエインを見て気になることといえば、いくつもの可能性の先にある時空の世界についてもSFが好きな人には興味深い世界観と言えるでしょう。量子力学的に言えば、あらゆる自由意思による選択が重なって構築された、あるかもしれない未来の1つとして表現されています。そのため現代と直接的に関係性を持っているとは言えず、またその未来が来るという保障も何処にもないのです。これが並行世界というものだ、あの時こうしていたらどうなっていたか、この時にああしていればこうなった、そんな無限とも言える選択を選んでいった先に待っているかもしれない未来が、ラクリマ時空であり、シャングリラ時空となっている。

カラスにしてもノエインにしても後藤ユウという可能性によって生まれた存在となっていますが、現代のユウがそうなるとは断定できないのです。それこそある時間軸では後藤ユウという人間は既に故人となっている可能性もあれば、上乃木ハルカという少女と何ら関係のない少年として生活している、そんな世界が存在しているかもしれない。

ハルカにしてもそうだが、ラクリマ時空とシャングリラ時空の双方で『上乃木ハルカ』と呼ばれる存在は、どちらもないものとなっている。後者はユウの眼の前でいなくなり、前者は不明だがそれでも現代のハルカとよく似ている女性が存在していたことが描写されています。

ここで述べているのは、筆者が作品を見た上での考察となっている。なので考え方も独自のものとなっているため、正しいとはいえない。捉え方は人それぞれですが、作中で時空についての概念についてきちんと説明されている部分が出てくる。

並行世界と時空

並行世界への影響

カラスとノエイン、どちらの世界でも既にハルカは存在しないことになっている。それに対してハルカという人間がいないだけで世界に大きな影響をもたらすのではないか、そう考える人もいるでしょう。この作品ではハルカは龍のトルクと呼ばれる存在であり、彼女がいることで戦争に勝つことすら可能と言われている。ただ現代のハルカに何かがあれば、それぞれの並行世界にも影響をおよぼすのではないかと思うかもしれません。

ですが例え現代のハルカが死亡したとしても、無数に広がっている並行世界で見ればその中の1人が消滅したとしてもほとんど影響をもたらすことはないのです。悪影響となるならば、それは全ての世界で上乃木ハルカという人間の身に異常をきたした時だ。それこそ数ある世界の大半で無視できない出来事が生じ始めてしまう、というわけだ。

その意味でハルカを求めるノエインの行動がどれほど危険なものなのかが理解できるだろう。彼のしようとしていることが全ての時空に干渉して、分岐したあらゆる世界全てをシャングリラに統合することは、いわばあらゆる可能性が存在しない宇宙にしようとしていた。壮大なことだが、ここまでの流れを全て理解できた人はそれだけ量子力学などに精通している人達でしょう。世界観についても明確にされている部分とされていない部分があるため、あくまで憶測にすぎないが、結果的に現代のユウは自分で自分の世界を守った事になる。

結末として

この作品の結末は、最終的にユウ自身が全ての因果に片を付けることで幕引きとなる。それは現代であり、ラクリマ時空であり、シャングリラ時空それぞれの全てを自分へと変換することで、幾重にも広がる並行世界の可能性を守ることで劇終となる。

ここまでの展開を通して言わせてもらえば、結局ハルカというのはただユウの存在がこの先大きくなる可能性を持つピースとして表現されているように見える。結局龍のトルクってなんだろうと疑問に思ったユーザーも多かったはずだが、それについても説明されないまま物語は終焉を迎えてしまったため、謎だけが残る形となってしまう。正直物語の核として描かれてもいたことについては、全てとは言わないが言及して欲しかったと思うのは、視聴者としての意見だ。

わからないままにして色々な結末を考えて欲しい、そんな意図があるのかもしれないが、それでも言及して欲しかったのが本音だ。ノエインという作品は、世界観やテーマについて文句など存在しないが、そうした一番肝心の謎をそのままにして終了してしまったのが気がかりだ。評価されている分、不完全燃焼部分を残しては欲しくなかったと最後に付け加えておく。